自己紹介プラス十六代目黒田九兵衛のこと

2020/08/02 18:16

TCHA-TCHA店長の九兵衛です。

十六代目として黒田九兵衛を継いでいます。お茶屋さんとして十六代目ということではありません。


黒田家は北近江の出身で、初代九兵衛忠次は豊臣秀吉の弟の秀長の直属の家臣でした。二代目九兵衛直次から賤ヶ岳七本鎗として有名な秀吉の重臣加藤嘉明に侍大将として仕えます。小田原攻めなどにも随行して武功を上げ愛媛で知行六百石を得ました。しかし、関ヶ原の戦いの留守役として四国防衛をした際に籠城する毛利軍に単独で挑み鉄砲12発を浴びて討死します。


その後、徳川の世になってからも譜代藩として加藤家とともに会津藩、そして最後は近江の甲賀にあった水口藩として代々侍大将を務めました。加藤家がお仕置きを受けた期間は伊勢桑名藩の久松松平家でやはり侍大将の職を頂いていました。私の手元には、二代目直次の脇差と御旗奉行を務めた五代目直政の脇差があり、特に貴重な鍔は神奈川県立歴史博物館で保管してもらっています。


明治以降は、児童文学者の黒田湖山(十三代目)が文部省唱歌『ふじの山』(頭を雲の上に出し・・・ですね)の作詞者巖谷小波(いわやさざなみ)やフランスのリヨンに駐在した永井荷風らと親しかったようです。また、その次の道行は東京農業大学醸造学科の初代教授を務めました。


私は初代禅地朗としてお茶屋さんの仕事を始め、フランスの食の都リヨンに最初の海外店をオープンしました。しかし、代々の九兵衛の歴史を紐解くと何か不思議な縁を感じています。二代目黒田九兵衛直次の碑が愛知県の松山市にあるそうです。十六代目黒田九兵衛文道として、現地を訪れてみたいのですが、新型コロナが終息するまではおあずけになりそうです。

当社では海外輸出をしており、国内販売は行っていませんでした。新型コロナで国内販売も注力しようと考えて、このお店をオープンしました。また、キッチンカーも始めます。ロゴはこんな感じです。『Cuisine de croisière TCHA-TCHA(クルージング・キッチンTCHA-TCHA)』という意味です。見かけることがあればお声がけくださいね。